『さよなら渓谷』 吉田修一

贖罪の念と憎悪への執着の中で歪に捩れてしまった愛情の末路。

ざっくり要約するとそんな物語だと言えるのではないか。

『悪人』、『静かな爆弾』に続く、吉田修一がたどり着いた新境地の作。犯罪加害者と被害者の心に残る傷跡と、罪と恥辱を断じて良しとしない社会の冷風を描く。

本作を読むと淡白さを感じるかもしれないが、むしろ淡白に描くことによって、夏の日差しにさらされる渓谷の白みと、脳裏にこびり付いた振り払えぬ靄を対比して描くための意図的な手段であるとも言えるだろう。

『悪人』のように、その背景について深いところまで踏み込まなかったのは、やはりこの物語が「いびつに歪んだ愛の形」を描こうとしたものであるが故なのではないか。(それゆえ、罪を犯した者とその周辺人物の心理描写に妙を得た『悪人』と比して論じるのは少々的外れなようにも感じる)(また、ミステリー的な見方をする向きもあるかもしれないが、それは問題外のこと)

本作は純粋な恋愛小説なのだと僕は思う。(もしくは、連載の途中でそちらの方向へと舵きりしていったような気もするが。)もちろんそれは純愛などとはかけ離れた、上述の「贖罪の念と憎悪への執着の中で歪に捩れてしまった愛情の末路」という、ダークサイドにおける愛の物語である。その裏には自尊心や敵愾心、責任意識、現実逃避、一種の強迫観念めいた感情など、複雑な思考の闇が存在している。

そして、その闇とは「人の業」に他ならず、その業を卓越した文才によって描き出した点で、非常に優れた作品となったと言える。

個人的には非常に面白かったです。特に終盤、全てが明らかになって以降の心理の吐露と、夏の渓谷と噴き出る汗などの情景描写のレイヤーにグッときました。吉田修一作品の中でも屈指の著。

【あらすじ】
幼児殺人事件が起こる。集合住宅の広場前にはその取材に訪れたマスコミが張りこむ。母親である立花里美は任意同行を求められ、警察へと連行される。

渡辺たちの取材クルーの一人であった、ドライバー須田は立花里美の隣家に住まう男の顔に見覚えを感じる。同じ大学の野球部に所属していた尾崎俊介であった。

帰りの車中で須田は大学時代に事件を起こしていることを漏らす。和東大学野球部の集団レイプ事件であった。
その事件に、当時尾崎も加担しており、退学になっていたのだと言う。その話を聞いた渡辺はその事件について興味本位で調べ始める。

ある日、取調べを受けていた立花里美は、尾崎俊介との肉体的関係と犯行経緯について語り始める。それを機に、渡辺は記事作りのネタになると考え、尾崎の過去の事件を深く調べていくことになる。

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『さよなら渓谷』 吉田修一
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