『ニコニコ時給800円』海猫沢めろん

“労働は自尊心を満たす面もあるが、ただ労働するということのみに沈溺してしまうという面もある--まるで掃除をし続ける男のようにな”

そう、その言葉に、日々の労働から抜け出す一筋の光に気付かされるように。最後に全ての物語が一本の糸と意図で繋がり、スッと抜けていくよう。

5編の物語によって構成される群像劇タイプの物語。司法試験に合格し、漫画喫茶でバイトをする青年。渋谷のアパレルショップ店員として働く女性。広告代理店を辞め、実家のパチンコ屋を継ぐことになる男。低農薬野菜を作り、販売する主婦。そして謎の男。

彼らは何を日々の労働に求め、何を得るのか。労働に従事することで僕らは本当に大切なことを忘れていないだろうか。そんな事を考えさせられると同時に、改めて気付かされる。

【以下、ネタバレ備忘録】

東大生で司法試験合格、社会勉強のために漫画喫茶でバイトを始める。店長が怪我の間、代理店長として本棚の整理などをすすめる。中卒低賃金で、将来に希望の無い店長は、自身の先の暗さに抗いつつも半ば自暴自棄に客と乱闘を起こす。戻ってきた店長に告げた青年の、自身の経歴が嘘であるという事。誰もが遣る瀬無さや虚妄を抱えながら日々の労働に従事する感覚。

夢を語るアパレルショップ。夢のない少女は、何かにすがるかのようにブランドオーナーに惹かれ、同時にその接客技術を磨いていく。一方で「ノルマ」という強迫観念の中に晒され、服を盗難しているという疑惑が生まれる。実績を伸ばす一方、徐々にその芯の無い自己に苛まれ、葛藤が積み重なる。事実が明るみになると同時に店を去る少女。最後に送り返される、未開封の盗まれた服。

パチンコ屋を継いだ男は、みんなが幸せに、働いた分だけ報われるような会社を作ろうとした。しかしその夢は半ば途絶え、実家のパチンコ屋を継ぐことになる。パチンコ屋の従業員は皆前科を持った者たちだった。
亡くなった父親が裏の稼業に半分足を突っ込んでいたことも事実として知る。そんな中で彼はクリーンなパチンコ屋を目指して日々働くが、彼が目指すものは「働いた分だけ報われる」店なのか。そんな矛盾を書き表すことによって作者は労働が理想を霧散させることを描く。

きのこ。

ホームレス生活を営むオタクのイケメン。元は今や大企業となったゲーム会社の重役だった。彼は何を思いホームレスとなったのか。働くことの答え、真理とは何か。そんなものクソくらえだと言い放ち、くだらない世界に付き合う必要など無いと吐き捨てる。そこに一つの答えなど無く、ただ無益に労働とその達成感に満足させられる世界など捨て去り楽しく生きる。

その言語の一つ一つが、日々の労働における救いのように感じられる。その一節が全てを物語り、本作の一貫した軸となっている。

まぁ全て同意できるわけではないけれど、肩の荷が下りるのは確かだろう。

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『ニコニコ時給800円』海猫沢めろん
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